ヒキズる日記

ずっと引きずってます。

カキステッ!!3話

何処まで続くのだろうか。僕達は底の見えない穴ボコを永遠と下っている。

さっきまで興奮していて気付かなかったが下水道に向かっているようだ。

ハシゴを掴んでいる腕のせいで鼻がつまめないので、口呼吸に切り替えた。

「店長、疲れました。」

僕の弱音を無視して店長はひたすらに下を目指した。

もしかして今僕は地獄に落ちている最中で、店長は僕を地獄へ導く鬼なのかもと思った。そういえば鬼みたいな顔をしているし、あんなに怖いんだからそうとしか思えない。

位置的有利を使うなら今だ、死ね!

「鬼!」

僕は下っている店長の頭を踏んづけた。

「痛え!テメエ畜生、急になんだ!」

店長が鬼みたいな顔でこちらを見上げた。怖いから踏んで落とす事にした。

「ちっとも!つかない、じゃないか!いつに、なったら!下につくんだ!もう、僕は!ヘトヘトだ!」

「痛、痛てえ!バ、バジやめろ!八つ当たりすんな!もう少しだ!おい!てめえ!痛て!」

「この、鬼!なんだ!ちょっと、ハゲてるぞ!このやろう!クズ!給料、よこせ!倍よこせ!ハゲ!」

「あっ!」

僕の足がはしごを掴む店長の腕に当たった。やった!

「バジイイィィィ!!!・・・!!!・・・・・」

「お、落ちた。店長。こうなるとなんだか・・・」

そこの見えない暗闇に落ちた店長を探す為に少しだけ急いでハシゴを下った。

心にモヤをかける罪悪感が僕の身体を動かした。店長、どうかご無事で。

ハシゴを下ると予想通り下水道に繋がっていた。真下には下水が走っており、どうやら店長はここに着水したようだ。

すぐ横の通路に紺色のオーバーオールと白色のTシャツを脱いだパンツ一丁の男を見つけた。

「店長、無事だったんですね!」

店長は僕の好意を無視してこちらを睨みつけてくる。なんて闘気だ。僕はハシゴから通路に飛び移りながら店長からの攻撃に備えた。

「バジ、今回だけは許さねえぞ・・・」

「な、なぜ!」

店長が僕を下水に付き飛ばそうとする。

「お前も下水に浸かりやがれ!」

すかさず店長の腕を掴む。

「嫌だ!こんな臭い所入ってたまるか!店長は卑怯者だ。自分が落ちたからって人を道連れにするなんて人のして良いことじゃない!」

「お前が最初に・・・!今道連れにしようとしてるのはお前だろう!」

「黙れ悪魔!こうなったら貴様も道連れにしてやる!」

僕の体重を支えきれなくなった店長が体制を崩した。 

今だっ!店長と僕の体を入れ替えるように袖を引く。僕は起死回生の「柔」で店長を下水に突き落とした。

「さっきのは嘘だ!下水に突っ込めドブネズミ!」

バシャーン!と大きな水しぶきをあげて店長が下水に突っ込んだ。変な疫病を貰ってこないかだけが心配だったが、とりあえず悪を滅した。

「やったか!」

「バジィ・・・」

「不死身なのか!」

待て待て。と静止がかかった。声の位置を把握する為にキョロキョロと見渡すと僕たちが来たハシゴからだと分かった。

「追手かもしれん。」

店長は小声で呟いたあと、下水に流れている壊れた傘を手に持った。

僕は手持ち無沙汰だったので8歩ほど後ろに下がった。というかほぼ背を向けて逃げていた。

コツンコツン、とハシゴを下る音が近づいてくる。

足先から首ぐらいまで見えた頃に声の主が分かった。

「入れ墨のお客さん!」

「よっ!マスター、バジ」

店長とカウンター越しに話していた入れ墨のお客さんだった。店長はまだ肩を怒らせながら傘を構えている。

「あの、お店は上ですよ。」

僕は間違えて下に来てしまったお客さんを案内して差し上げた。

「その、間違えたわけじゃないんだが。」

入れ墨は悩むように、頭をポリポリと掻いた。

入れ墨は全身バネのようにしなやかな筋肉で、下水から通路に飛び移った。

「上はどうなってる。」

傘を構えながら店長が言った。カッコいいけど下水まみれで凄く臭いからもっとあっちに行ってほしかった。

「警察と揉めてるよ。俺はお前らがバックヤードに行くのが見えたから着いてきただけだ。捕まりたくなかったしな。」

「俺達に敵意は?」

「はぁ?そんなもんねえよ。」

入れ墨のはいったデッカイ首を左右に振った。なんだか嘘はついてなさそうだけど、店長はまだ警戒しているみたいだった。

「でも仲間たちは?店長のせいで捕まっちゃっても怒らないの?」

「オメェのせいだろ!」

「えっ!」

「アイツ等はいいんだ、ソリが合わない」

思い返せば入れ墨はカウンターで仲間たちに背を向けて寂しそうに一人で酒を傾けていた。

友達がいないのは僕と一緒だし、出来るなら信じてあげたい。

「しかし、団体はそうはいかんだろう?お前も地下じゃ実力のあるの選手だ。放っておく業界とは思えんぞ」

店長は傘を下水に捨てながら言う。入れ墨は視線を下水に落とした。

「実力だけだ。所詮人気職よ。」

入れ墨は分かりやすく肩を落とした。2メートルは超えているであろう巨体は小さくて頼りなく見えた。

「着いてくるなら好きにしな、そろそろ行くぞ!」

店長は大きくため息をつきながら下水からあがった。

「良かったね、入れ墨!」

「入れ墨ってお前な・・・」

「それならなんて呼べばいいの?」

「かけるだ、飛翔って書いてかける!」

「いや、その見た目で飛翔は無理でしょ!」

「・・・じゃあ好きにしてくれ。」

僕と入れ墨は、店長のあとに続き歩きだした。下水は電灯が反射して鈍く光っている。

薄暗い下水道を、所々アスファルトから飛び出ている釘に気をつけながら歩いていると、臭いに慣れたからか展望が見えないこれからについて頭が回った。

「店長、どこへ行くの?」

「裏新宿だ。人が多いから捕まらん。」

裏の警察ってそんなに熱心じゃないのかな?裏新宿は確か僕が地下送りになった時に、エレベーターで降りてきたあそこだ。

新宿の区役所が地下まで伸びていることに驚いた記憶がある。

「入れ墨は何でプロレス始めたの?」

「俺か?まあ、表でやってたから裏でもやってるだけだ。」

「強かったの?」

「まぁまぁだな。」

「おんぶしてよ!」

「まあいいけどよ。」

歩き疲れたから入れ墨に僕を運んでもらった。立ち仕事は足が疲れるからそろそろ限界だったんだよね。

「お前怖くねえのか?」

「入れ墨が?全然怖くないよ。」

「なんでだ。」

「友達いない人って怖くないじゃん。」

「いや、いるけど。」

「いないよ。同じニオイがしたもん。」

「いるのに・・・」

入れ墨の肩で楽をしていると、店長が壁から伸びるハシゴを見つけていた。

ここから上へ出るみたいだけど、下った後には上らなければいけない事を忘れていた。

あの距離のハシゴを登ることに僕はげんなりした。

「よし、登るぞテメエら。」

「明日にしませんか?」

「何言ってんだテメエバジテメエ!置いて行くぞ!」

「バジ、お前かなり軟弱だな。」

好き放題言われたことがムカついたので、僕に先頭を行かせてくれるよう頼んだけど断られてしまった。店長はまだ自分が下水に叩き落された事を根に持っているようで、ちっさい大人!身も心も!と思った。

僕は入れ墨の後に続いてハシゴを登った。行きよりも帰りが早く感じるように、上りの体感は少しだけ早く感じた。

店長がハシゴに足をかけながらマンホールの蓋を外し、息苦しかった下水から出る。やっとの思いで僕らは地獄から生還した。

「こんなに地下の空気ってうめえんだなぁ。今ならトイレにだって住めるぜ。」

入れ墨はベストのヨレを伸ばしながら、息を吸い込んだ。特徴的なコメントに微塵も知性を感じなかったけど、もしかして中卒なのかなぁ。

僕たちは下水から解放されたことを、路地裏で慎ましく喜んだ。

店長は、側にあった木箱の上に座りオーバーオールに手を突っ込んだ。

ポケットから下水でドロドロになった財布を取り出し、中身を確認するとスカンピンの財布に目を丸くしている。僕が徴収したのだから当然だろう。

「あれ?金がねえ。」

「いや、僕が持ってますよ。」

「なんで?」

「給料。」

痛い!僕の頭をげんこつで殴って財布から金を盗った!ガチの泥棒にあったのは初めてなので驚いて金を渡してしまった。なんて奴だ。

「とりあえずこれでビジホに行こう。臭え体も流してえしな。」

「いいじゃねえか!サウナ付きにしてくれや!」

「贅沢言うな!」

金は後で回収するとして、ホテルに行くのは賛成だ。あんまり店長が臭いからさっきから、鼻が落ちるのを我慢していたところだ。

それにしても裏新宿はやっぱりすごいな。ビルが天井をつけ抜けているのを見慣れることは無いだろう。

東京に始めてきた時に見た摩天楼よりも、僕はこっちの方が数倍は壮大に感じる。

上を見上げている僕の背中を入れ墨が軽く押した。

人だかりに紛れるには悪臭を放ちすぎている僕らは、歩道の隅を隠れるようにして歩いた。

幸い、ビジネスホテルが近くにあったので助かった。フロントでキーを貰い、3人でエレベーターへ駆け込んだ。受付に店長かチップを投げていなかったら、叩き出されていた事だろう。

「部屋は?」

「4階だ。大浴場があるらしいから、着替え持って行くぞ。」

大浴場!店長の家の狭い風呂しか入っていなかったから久々に手足を伸ばせる!なんてご褒美だろうか。

「店長大好き!」 

「現金なやつだな。」

エレベーターを降りて突き当りを右に曲る。店長が406号室と書かれた部屋の鍵を開けた。

入れ墨がクローゼットから部屋着を3着取り出す。

僕は洗面所のアメニティに目を光らせていた。どうしてビジネスホテルに来るとただの歯ブラシや化粧水に気を惹かれるのだろう。

僕らはスリッパに履き替え、エレベーターで1階の大浴場に向かった。

「これ着れるかな。」

「無茶して着ろ!」

デカすぎるのも大変だなと思った。かと言って店長のようなチビにもならなくて助かった。

「男」と書かれたのれんをくぐると、清潔な脱衣所に泣きそうになった。

「生きてて良かったです。」

「わかるぜバジ。」

僕らは服を脱ぎ捨て、勢いよく扉を開いた。蒸気による湿気が心地良い。体を流しにシャワーの前に座り、ふと入れ墨の方を見ると、体が傷まみれなのに気づいた。でも、そんなことよりも想像以上のチンコのデカさに失神するかと思った。

「入れ墨は外人なの?」

シャワーの音に消されないように少し大きな声で聞いてみた。 

「ああ、アメリカと日本のハーフだけど。」 

「すっげえチンコデカイね。」

「いいだろ。」

「超羨ましい。だって店長のと比べたら糸くずと国境くらい違うよ。」

「テメエもだろうが!」 

体を洗い、待ちわびた湯船に浸かると疲れが吹き飛んだ。でも温泉って疲れが吹き飛ぶというより、お湯に染みて消えていくような感じだよなと僕は思った。

「それにしても日本語上手いよね、ずっとこっちにいたの?」

「いや?こっちに来たのは5.6年前だな。」

「なんでこっちに来たの?」

「日本は治安が良いからな。」

「どこが!」

こんなに毎日喧嘩ばかりの街が何故!

「飛翔オメェ、アメリカにいた頃から地下にいたのか?」

「ああ、14の頃に地下行きが決まった。そっからは地獄だ。」

入れ墨も大変だ。それにしても熱いなぁ。入った時は気持ち良かったけど、長湯出来ないのを忘れていた。

「僕先に出てるね。」

「おう、洗濯出来るらしいから服だけ出しとけ。」

「分かった。」

フルチンを扇風機に当てながら体を乾かしていると、昔家族で行った温泉旅行を思い出した。

「はあ・・・」

持ってきた部屋着に着替えて、脱衣所にあった自販機でセブンアップを買って一気に飲み干した。

缶を捨てる音が寂しい。

洗濯機に全員分の臭い服を押し込み、スイッチを入れるとゴウンと洗濯槽が回るのを確認してから脱衣所をあとにした。

406と掘られている鍵で部屋の鍵を開ける。広くて僕には勿体ない部屋だ。

ベッドが思ったよりもフカフカで横になると少し眠くなってきた。今日は色々あって疲れたからなぁ。ちょっとだけ目を瞑ろう。あぁ、これはすぐに眠れる。

「おい、寝るなバカ!」 

「誰!」

予想外に高い女の子の声が聞こえて目が覚めた。エッチなサービスにも期待したけど、ちょっとだけ恐怖心が勝った。

「こっちだよ、ブス!」

「誰がだ!よく見れば可愛いって僕は思うけどな!」

「そっちじゃない!ソファに目をこらせ!」

一体なんなんだ、僕の悪口を言ってくるこの女は。ソファを見ても何も見えない。

「ソファ?」

僕はソファの周りをうろついたり、下を覗き込んだりした。

「どこだ!」

「ここだマヌケ!」

「痛い!」

こめかみが鈍痛に見舞われた。蹴られたのか?ソファの下を覗き込むのをやめて、顔を上げた。

「そのまま目を凝らせ。」

パンツだ。

「パンツが見えました。」 

「そうだ、今お前は私のスカートに顔面を突っ込んでいる。」

スカートから顔を出して、そのご存顔を拝もうとした時、ソファには上半身も下半身も無く、ただスカートが腰を掛けているという奇想天外な事が起きていた。

「ど、どういうトリックなんだっ!お前!こ、怖すぎ!」

「目を凝らせって!」

怖かったので僕はスカートの言うとおりにした。どんな呪いをかけられるか分からなかったし、めっちゃ怖いし。すると、ぼやーっとスカートから上と下が徐々に明確になってきて、声の主が判明した。

「人間だ。」

「当たり前だろ!」

「な、なんでさっきまで見えなかったの!だって、透過して・・・背もたれも壁も見えてたんだよ。魔法?ガチで何お前っ!」

「ほら、私地味だから。」

「そんなわけ無いだろ!」

確かに、顔立ちは地味系だけども。それだけでこんなに見えなくなるものか。僕は僕の常識を崩さないぞ!

「あっ!」

「えっ?」

女が指を指した方向を見るが何も無い。

「何もな・・・!消えた・・・」

「こっちで〜す。」

女は僕の肩に手を回していたこの香りは・・・風呂上がりの女の子の匂いだ。実体を確認した僕はちょっとだけ彼女を信じる事にした。

「ちょっと味見。」

女の子の味だ。多分男よりも美味しい気がする。

「キモッ・・・!クソッ、離れろこいつ!」

「うっ・・・!」

気配のない腹パンにとんでも無いダメージを受けると、僕は地面にうつ伏せになり痛みに体をよじった。そして寸分の時も置かず、女は僕の頭を踏みつけた。

「これで私の地味さが分かったかッ!楽しくジイちゃんの酒場で飲んでたのに、お前が警察なんかに連絡するもんだから思わずついてきちまったじゃあねえかッ!このッ、ダボハゼ野郎ッ!」

「わひゃりました〜」

誰か助けて!変なやつに変な動機で殺される!

「てんびょ〜、いれじゅみ〜!たしけて〜」

「情けねえ糞ガキだなッ!お前はよッ!」

「あんっ!」

クソッ!クソッ!この女僕をコケにしやがって。僕を踏んだ挙げ句、顔を蹴りぬきやがった!

地味なのは顔だけで、性格はめちゃくちゃパンクじゃないか!

「オラッ、財布出せテメエ。」

「お金ない・・・」

「いいから出せっ!」

「あっ、僕のお財布。どうしてそんなに酷いことが出来るの!」

「206円だと?!テメエ舐めてんのかッ!」

「全財産です!持ってってください。」

「いらねっよテメッ!」

「はあぁ!踏まないで〜!」

何故かピンチです!店長、入れ墨。早く来てください。あっ!

「僕の店長がお金持ってます、何とかそれで手を打ってください!お願いします!」

もうこうなりゃやけだ!僕は地面に頭をこすり、女の足の指の隙間まで舐め回し懇願した。

「おい、やめ、ろ。わかった、わかったから!」

「ありがとうございますっ!」

よかったー!僕は余命を数十分繋いだことに安堵し、顔を上げた。ッッッ!っへえー、よく見ると可愛い顔してんじゃん。もうちょっとだけ舐め舐めして、これから死闘を繰り広げるであろう敵の足の味だけでも分析する事にした。

「えれーっ」

舌を出して女の足に近づけると、女は足を急いで引っ込めた。何だか頬も赤い。

「ふーんっ、怖いんだ。可愛いとこあんじゃん。」

「踏み殺すぞテメエッ。」

「かーわいっ。えれー!」 

ナメナメナメナメナメナメナメナメナメナメッ!

「うっ、おまっ、待って、このっ!」

「形成ぎゃーくてん。の巻。えれっ。」

ガチャ。とドアノブを回す音がした。

「何してんだオメェ。」

「おっ帰りなさーい、てんちょ。えれーっ!」

「バジ、床は従業員が掃除するもんなんだぞ。」

ああ、店長と入れ墨はこの女が見えてないんだ。今僕は、二人がいない間こいつと戦ってたんです。

「お、お前はっ!」

「?二人ともソファに目を凝らして見てください。」

「ん?んーっ。」

入れ墨が目を凝らすと、この女の恥ずかしい姿が徐々に見えてきたようで、肝を抜かれた様な顔をしている。女はもはや顔を隠しており戦意喪失。はい、僕の勝ちー!

「女がいるっ!な、何だこいつ!」

「のどかっ!」

「店長知ってるんですか?」

店長はずっと見えてたみたいだけど、なんでだろう。それに名前も知ってるし。

「そいつは俺の娘の娘。孫だよ。」

「や、やっほー、ジイちゃん。こいつ何とかして〜」

「あぁ、今からブチ殺すからちょっと待ってろ。」

これは、甘んじて受けよう。・・・キャンっ!