ヒキズる日記

ずっと引きずってます。

冬の銭湯の秘密2

週末の仕事終わり、僕はあの銭湯に行く事を決めていた。彼女に聞いてみると、デート中は変な所はなかったらしい。どうやらこの、頭で考えていることが口から出ちゃう現象?はあの日電車に乗ってから発症した変な病だと考えられる。

会社でも怪訝な顔をされるし、喧嘩も多くなった。明らかに以前と比べても居心地が悪いし、直せるのならば直したい。

病院でCTを受けた。どうやら脳に異常は見られなかったらしい。ホッとしたが、異常が無い事が逆に恐ろしい。

精神科医の先生はストレスによる心身症の一種だと言った。きっと一時的なものだと言い切りアスペルガー症候群の薬を処方された時は、無限に広がる暗闇に叩き落されたような気分だった。

ゆっくり温泉にでも使ってきたらどうですか?と言われたので、僕は先週のおかしな銭湯に行く事を決めた。変なお客ばかりだったし、時間はかかるが京王線一本であの景観の良い銭湯に行けるのはありがたい。

この脳内独り言も全て電車中に筒抜けなのかなと考えると恥ずかしいが、思考を回しておかないとエッチな女性を見た時にエッチだー!とか言ってしまってすごく気まずい。今週はそれを12回はやらかしている。

乗員は僕を怪訝な目で見つめている。あまり表立つ仕事じゃなくて良かったなと思う。もしも状況が違っていたのなら、深く考えるとため息が漏れる。

次は、代田橋代田橋。というアナウンスと共に扉が開く。数名の乗客が降りると入れ替わりで、数名が、うおー!エッチだー!エチが!クソ!何でこんなときにあんなにエッチな、クソ!エッチすぎんだろ!くそっ!くそっ!くそっ!

 

しばらく電車に揺られていると乗客もまばらになってきた。週末だからか、一緒の目的地を目指している乗客も多い。何やら怪しげな連中が数名車両に残っていた。

次は高尾山高尾山、終点です。という聞き慣れないアナウンスで扉が開いた。

数名の乗客が降りる、怪しげな連中に紛れて僕のようにスーツを纏ったサラリーマンもいた。違わないのは全員が僕の独り言を哀れみの目で見てくることだけ。

館内に入り、券売機でタオルを購入し、爽やかなお見送りと共にタオルを受け取った。

以前来た時は目につかなかったが、館内は多少賑わっているようだった。しかし、何かが足りない、または社会的に足りていなさそうな人達。僕も今や一員と考えると胸が痛む。

以前来た時と同じ、711と書かれたロッカーに衣類を詰め込んでいると、先程同じ電車から降りたサラリーマンが話しかけてきた。

「厄介な病ですね。」

あぁ、僕もそう思う。会話をこの一週間で覚えた。しかし、必要のない事まで口をついてしまうことがネックだが。

「ハハッ、本当に厄介だ。」

軽口を叩くこの男が好きになれなかった。こんな事を考えている事も相手に筒抜けなのが社会人として申し訳がない。

「大丈夫ですよ、よく言われます。僕がどんな欠陥があるか気になりませんか?」

聞いてもいないのに男は語りだした、と言うよりもフェアプレーがこの温泉のルールなのかもしれない。

「一応暗黙ですがそうですね。一目で分かる人がほとんどですが。」

で、何なんだ。お前の病気は。気にならないが聞いてやる。

「これですよ。」

と言うと男はシャツのボタンを外した。Tシャツも脱ぐと、包帯で体をぐるぐるに巻いている。デカイ生傷があるのだろうか。痛々しいのは苦手だ。

「痛々しいか、違う意味でそうかもしれません。」

なれた手付きで包帯を外していくと、コンプレックスの正体が徐々にあらわになっていく。え、ちょ、デッカー!!!何これ!嘘これ!デカー!!!!!

「俺、男なのに乳首が超デカイんです。」

新玉ネギのようにバカ腫れた乳首に仰天していると、男は意に介さずスラックスを脱いでいた。

「慣れたもんですよ。最初は恥ずかしかったんです、これを理由に学校ではずっとイジメられていましたし、それが理由で不登校になったりして。」

この温泉に通うようになってから、顔見知りは驚かなくなってきて自信が持てるようになったのか。そういう効能もこの温泉にはある事が分かった。

「はい、色々な人が相談に乗ってくれまして。」

傷の舐めあいはどんなカウンセリングを受けるよりも良いのだろうな。ファイトクラブでも不眠症の奴がね、通ってたよね確か。あ、ファイトクラブの延滞ヤバいな、これ帰ったらすぐ返しに行かないとやべーな。

「ハハッ、なんか面白いですね、そちらの病気も。人の脳内ってこんな感じなんだって。」

笑い事じゃない。僕が延滞料金とエロい事しか基本的に考えていないのがバレてしまう。

「ままっ、入りましょう。積もる話は露天で山でも見ながら。」

風情が分かる男で安心した。乳首は慎重にかけ湯で乳首を洗うと、タオルで股間を隠しながら露天に向かった。隠す方逆じゃね?と思ったが口に出すのはやめておいた。

「口出てますよ。」

冷えた石畳をつま先立ちで歩いていると、効能でツルツルになった地面に滑り転びそうになる。

「危ないっ!」

乳首が僕の独り言に反応し、振り向いた。ざりっ!遠心力で振り回された乳首を木の柱が削った!

「あああああああぁ!!!!!!!」

乳首ー!乳首が更に赤く、大きく、宛らバスケットボールの様に腫れ上がった乳首を僕は見ていられなかった。しかし、寒さには耐えきれず僕は露天に浸かることにした。

「ちょっとー!もっと心配してください!」

苦悶の表情を浮かべながら湯船に乳首が浸からないように、ゆっくりと浸かる乳首。この乳首はあだ名の方の乳首で本当の乳首とは違う乳首で。

「あんたさっきから乳首の事しか考えてねえな。」

そういえば先週来た時に、ヤクザの二人組が素敵なサウナがあると話していたが、どのようなサウナなのだろうか。

「別に特別変わった所は無いですが、強いて言うなら相談所兼サウナって感じでしょうかね。」

サウナと言えば黙々と入るイメージだが、僕は乳首を置き去りにし、サウナへと向かった。

「俺も行きますって!」

最近トレンドの交互浴というのにも興味があった。整うという感覚に期待を膨らませ、サウナの扉を開くと心地よい熱風が体にまとわりつく。

中にはガリガリにコケた老人が一人いるだけ、既に骨と皮だけのような体表には汗の一滴もかいていない。

「いつものことながら大丈夫ですか?」

セブンアップ飲むから大丈夫だー!」

ポーションじゃないんだから、死んじゃいますって。」

フェニックスの尾って自販機で買えるっけ?

「死んでねー!それにしてもお喋りなやつが入ってきたな!座れここ!ここ!座れ!まぁ座れって!」

息継ぎをしない野暮なジジイだと思ったが、僕は口を紡いだ。

「いや、口紡ぐの遅いですよ。」

「乳首の!お前も座れ。」

「その、鋼の!みたいな呼び方やめてくださいよ。」

この人はどのようなハンデを背負っているのだろうか。この温泉になると他人のコンプレックスが嫌でも気になってしまう。

「結構ズケズケ来るなお前!俺とお前似た病気かもな!」

似た病気?

「対人依存症だってさ、人を見かけると何処でも誰にでも話しかけちゃうらしい。」

なるほど、こんな銭湯でもなければ異常なのかもしれないなと思った。しかし、この不自然な環境ではあまりにも自然すぎて病気とも思わない。

「嬉しいこと言うなぁお前!こいつは?」

「何ですかねー。思った事を全部口に出してしまう病気?アスペルガー症候群ってやつですか?」

僕も最初はそう思った。精神科医には一部はそうかもしれないが、余りにも症状が重すぎると言われた。ストレスや一時的なショックが原因とは言われたが、この症状に見舞われた際のストレスの方が遥かに大きい。

「めっちゃ喋るなこいつ!これが全部心の声って事か?」

「多分そうです。」 

「俺は普段何も考えてないからなぁ、言いたい事は脊髄反射で言っちまうからよ。」

「虫ですよ、ほぼ。」

「テメーの方が虫の腹みてえな乳首してるだろうが!」

「傷つくっ!」

腐りかけのトマトの様な物体を携える乳首を僕は、大変不憫に思っていた。キモっ!

「憐れむのか蔑むのかどっちかにしてください。」

「で、お前はそんな事を以前から考えていながら生活していたと。」

誰しも本音と建前はあると思うが。

この爺さんを見ていると僕は人よりも思考が多いのかもと思うようになってきた。

「随分多いと思うぞ。まあ、ここに通って色んなやつと話してみろよ。ここでならストレス無く心の中開かせるだろう?」

確かに、以前来たときもそうだったが、この温泉でストレスを感じた事は無いな。てかサウナあっつー。

「確かに熱いですね。乳首が塩で擦れてズキズキしてきました。」

お前はもう少し乳首以外の事を考えろ!

「じゃあ出ます。また!」

「じゃあな!」

サウナを出ようとする足が覚束ない。ヨレヨレになりながら水風呂で桶を組み上げる。手、腕、肩と心臓に近づけながら水を被ると、火照った体から体温を奪われていく感覚が楽しい。

水風呂には先客で手が無い人が肩まで浸かっていた。覚悟を決め、体温を逃さないように両脇を抑えながらぬるりと入水した。

隣ではキャ!とか、あっ!とか言いながら乳首が乳首で遊んでいる。

「いや、別に遊んでるわけじゃ。」

少し恥ずかしそうだ。

「やめて!」

口から冷気が出るのを感じる。あっ、頭の中でゴーン!ゴーン!と鐘を鳴らされているような感覚が心地良いんだ。あー、徐々に水に慣れてきて気持ちいい。極限を見極め水風呂から上がると、心臓が暖かい血液を全身に巡らせた。近くに椅子があったので座る。浴室の湿気が心地よく、心臓が一つ鳴る事に体が体温を取り戻していく。頭はトリップ寸前だ。目を瞑り視界を遮ると、

 

あー、気持ちよかった。なんだか途中から思考が途切れたような気がする。

帰りの電車では爺さんから言われた事を考えていた。流石に色々な人間の相談を聞いているだけあって聞き上手だった。

弱者の為のストレスの無いぬるま湯の心地良さを味わった僕は次は回数券を買おうと、財布を握りしめながら決意していた。