ヒキズる日記

ずっと引きずってます。

初舞台の初M-1グランプリ

舞台に立った。M-1グランプリの予選だ。
海浜幕張イオンモールは初舞台にしてはあまりにも大きくて立派な舞台だった。

受付を済ませ、待ち時間は他の芸人の音声を聞きながら順番を待った。予選はベルトコンベアーのように行われる。今となっては、自分の人生が流れ作業のように審査されていくのは怖い。

前のブロックの人たちがネタを見せ終わると、自分たちのブロックが舞台袖へと案内された。

防音の為、加工されたソファーのような壁地の舞台裏はとても静かで、薄暗い照明は厳かな雰囲気を感じさせた。通路においてあった姿鏡にはスーツを羽織ったいつもとは違う自分がいた。カーキーの背広にレッドウイングというファンキーな衣装に当日までは少し心配していたけど、その時は本当に勇気を貰った。非日常を歩くとき衣装は力をくれるんだなと思った。漫才に衣装なんて関係あるのか?と思っていたが、やっぱりやってみないとわからないことが多い。

ここに一列に並んでくださいと係員さんに言われる。舞台袖だ。

舞台袖から見る他人の漫才と自分の心臓が騒音のようにうるさく、ネタを合わせていてもその騒音に相方の声がかき消されて、開けていたスーツの前ボタンを直前で閉めてしまいそうになるくらいには萎縮していた。
小声でネタを合わせても、息は合わない。呼吸のリズムを思い出せない。合わせの時点で掴みの部分を飛ばした時には俺たち本当にもうダメかもしれない。逃げたいと正直思っていた。
出番が近づく。一つ前のコンビが息苦しそうに袖でスタンバイしているのを見て不安が頂点になった。
震えた声で、どうもー!と出ていった一つ前に並んでいたコンビは正直見ていられないくらいに滑っていてこの世の終わりのように見えた。しかし、次は、俺たちがああなるかもしれない。と思ったら、諦めの境地のようなものが見えた。自分で申し込んだはずなのに、切腹をするときのような心持ちでいた。僕ねー、とネタを合わせようとする相方を、ここまで来たら悪足掻きはよそう。と言った時は、半分諦め、半分は腹を括っていた。
いざ自分たちの出番、流れた出囃子に血が巡った感覚を覚えている。
駆け足で出て行く相方を後ろから歩いて追った。どうもー!という声が少々無愛想だったかもしれないけど、呑まれるよりはマシだと思い、少し太々しく、悠々と出ていくことを意識した。
スタンドマイクの右手側が自分の位置、震える足が逆に自分を冷静にしてくれた。
舞台から見る天井は低い。客席が近い、奥行きが無い。
まるで狭い箱の中に押し込められているように感じ、とにかく飲み込まれそうだったけど、客席を見ると、一人一人の顔色までは判断がつかなかったが、敵意は無かったように見えて凄く安心したのを覚えている。
相方が少し下げすぎたスタンドマイクを僕が戻そうとした時、これが漫才師目線のサンパチマイクか!と思ったら、マイクに圧倒されて触ることすらできなかった。キングダムで信が呂不韋を初めて見た時に「こいつ、でけえ!」と感じた様に、「こいつマイクの癖に、大将軍級のデカさだ!」と震え上がった。本当にそのくらい圧倒された。
いざ、舞台に立ってみると緊張よりも楽しさやワクワクの方が大きく、自然と言葉には熱が乗った。
事前のネタ合わせで飛ばしまくっていた箇所も、相方がボケる度にツッコミがぽんぽんと出てきた。

しかし、些か熱が入りすぎた漫才は練習時の精細さを欠き、間やテンポが悪かったかもしれない。漫才をしている最中は、俯瞰で自分を見ることなんかとてもじゃないができなかった。

熱量を失えば自分の言葉は失われるが、精細さと緻密さを欠いている漫才では狙った笑いは起きないよなと今では反省している。

その証拠に、ネタの内容についてどうだった。などの反省は一切思い浮かばないし、あの舞台中の風景や気持ちは思い出せても、ネタについては一つも覚えていない。相方と二人、漫才に夢中になりすぎたのだ。

はっきりと覚えているのは、舞台では大きく見えたり、近づいて見えていたマイクや天井と比べて、相方は等身大で頼りなく、小さく見えた。そんなことばかりだ。
しかし、笑いは自分が想定していたよりも飛んできて、掴みでうけた所なんかは客席で見ていた友人曰く、こっちから見ても分かるくらい二人とも安心した顔してたよ。と言われてしまった。
色々な感情を乗せた初舞台の2分は瞬間的に終わり、ありがとうございましたー!のお辞儀の内心は「本当に、本当に足元の悪い中!敵意なく僕らの漫才を最後まで見ていただき有難うございました!」とまで思っていた。実際に練習中よりも、お辞儀は長く深かったと思う。
帰りは笑いを取れた感動と、嬉しさも相まって、行きとは違い自信がついた足取りで、悠々と袖まで戻れた。

初舞台で起こした笑いの確かなる感触に痺れた。熱に浮かされた右腕に血が巡って、気がついたら拳を握っていた。舞台裏で感動を胸に、もう一度拳を握り直した。

充実した初舞台だったが結果は予選落ちだった。

正直先に進めるとは思っていなかったが、予想以上の手応えに少し期待してしまった手前、落胆もひとしおだった。

たりない事だらけで結果も伴わなかった初舞台は、清々しく終わった。