昨晩泊まりに来た僕の友人の話でも少ししようと思う。
マシマ家の次男に生まれ、何不自由なくスクスクと育った結果、身長が180を超えたその男こそが『マシマ』という人間だ。
マシマは短気で負けず嫌いで、それに加え癇癪持ちなので昔から扱いに困る男だった。
大昔『wiiスポーツ』というゲームがあった。ボーリングやテニス等の様々なスポーツをリモコンを振ることで、体を動かしながらゲームができるという当時画期的なものだった。
僕らが中学生の頃に割と流行っていたゲームなので知っている人も少なくはないと思う。
今思えばそのゲームで『野球』を選択した事が、僕らの過ちだったのかもしれない。
このゲームの野球は二人用の対戦ゲームで、守備はピッチャーを操作し、他のポジションは自動で守ってくれる。
攻撃側は当然バッターを動かすのだが、バッティングが所謂タイミングゲーで、ボールが来たタイミングでリモコンを振ると、どんな球でもファール以上にはなる比較的打者が有利なゲームになっていた。
そしてwiiというゲームは本来4人用のゲーム機なのでリモコンさえあれば、ポーズボタン(ゲームを途中で止めるアレ)でのみゲームへの干渉が出来た。
事件は唐突に起こった。
バッター4番マシマ。悠然とバッターボックスに入るマシマは強打者の風格を漂わせていた。
そしてピッチャー違う友達。友達はニヤリと口角を上げ何かを企んでいる。曲者のゲームメイクにマウンド中が冷たい汗を額ににじませた。
ピッチャーがフォークでツーストライクに追い込む。フォークは急速が遅いので、当てやすいがファールにしかならない。
カウントは2ストライク。決め球にストレートを投げ込むピッチャー違う友達。誘い込んだストレートにタイミングを合わせ、勢いよくリモコンを振るバッターマシマ。
誰もが(行った・・・!!)と思ったその時、ポピーン。というなさけない音と共に画面が停止する。
タイミングをズラされたマシマはリモコンの遠心力で、ひっくり返った。
ポピーンという音で再び動き出した画面上に「ストライク」という文字が浮かび上がる。
「今何が・・・」「時間が止まった・・・」「いや、しかしあれは・・・」「ビデオ判定は・・・」
今起こった出来事に、阿鼻叫喚の一心で各々の思惑を打ち明ける俺ら。
マシマは激昂し、「ズルだー!!!卑怯だー!!!」と騒ぎ立てている。鼻息はぞうのように荒く暴風域の沖縄のように、窓ガラスが軋み立てていた。
そして違う友達が緩みきったタラコ唇をヨダレで湿らせながらボソリと言い放った。
「ギヒッ・・・トンボール・・・」
「ト、トンボール・・・?」
一同がどよめいていると、コロコロコミックを愛読している友達が解説を始めた。
「トンボールは漫画ドラベースに出てくるエモルが使う魔球です・・・空中で制止し、しばらくしてから反射不可能なスピードで動き出すので打つのは困難を極めるでしょう。」
「どうやってそんな魔球を・・・」
「おそらくwiiリモコンのポーズボタンを利用して擬似的に再現しているのでしょう・・・そしてこの魔球の恐ろしさは、リモコンを持っていれば誰でも使えるという事・・・!!」
解説を終えた友人がリモコンを構える。僕もリモコンを構えながら固唾を飲んで見守る。
そして、僕ら三人はトンボールを使ってマシマから三振の山を築いた。
頭に血が上ったマシマのバットは空を切り続け、遠心力で毎打席ひっくり返っている。地団駄を踏むマシマの醜い姿に目を背ける者や、試合の中断を試みる者、応援をやめない者もいたが、その全員がリモコンのポーズボタンに指をかけていた。
「次やったら殺す・・・!!」
マシマが打席に入った。
フゥーフゥーと息を荒くさせ、目を血走らせながらバッターボックスで構えを取るマシマ。
みんなは神に祈りをささげるように、リモコンに両手を添えながら画面を注視した。
ピッチャーがボールを投げた。ストレートだ。
マシマがリモコンを力強く振る。
(打て・・・)つい僕のリモコンを握る手に力が籠もる。
ポピーンと言う音を立てながら画面が止まった。
豪快に空振るマシマ。動き出した画面上にストライクの文字。
マシマはwiiリモコンをメンコの様にバッシーン!!と地面に叩きつけると。
「帰る!!!!!!!!!!!」
と言って裸足で家を出ていった。
僕らの中で、魔球トンボールは禁止にすることにした。一人の友人に塾カバンも靴も忘れて帰るほどのダメージを負わせた魔球に、恐ろしさすら覚えてしまったのだ。
その後、マシマはみんなが帰った頃合いを見て靴と塾カバンを取りにもう一度家を訪れたらしい。
その目が大きくそして赤く腫れていた事は、そっと僕らの胸の宝箱にしまった。
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