「ビーーーーーィム!」
沈黙の帰り道をしばらく二人で歩いていた時、同僚の花江未來は僕にハートマークのビームを放った。
花江の目はバシャバシャとバタフライで泳ぎ、まばたきもパタパタとbutterfly!!させていた。
ビームか、飲み会でお互い上にケンケン言われたあとの沈黙を破るには良いカードだと思った。
ビームにしても色々あるし返答に迷った。ノロノロになるビームとか、人の悪の心が膨れ上がって爆発してしまうビームとか。とりあえずどんなビームなのか確認しておこう。
「なんの?」
「え、好きになる?みたいな?」
「え?好きな相手が撃たれると石になる的な?」
「うーん、そのビームだとしたら失敗かもしれない。」
「なるほど・・・」
これは、気まずいぞ。どうやら僕は変な告白をされたらしい。花江、多分それは考えすぎだ。考えすぎて変な方でやっちゃってる。あー!(笑)告白ってこと?分かりやすく言えよー!(笑)で行くか?いや、駄目だ。僕が補完をしすぎてまるで花江がスベってるみたいになるじゃないか。かれこれ10数秒はビームを撃った銃口を仕舞えていない彼女が可愛そうになってきた。ここは冷静に話を進めてみよう。
「ビーム外しちゃったんじゃない。」
「神田くん、これもう一回・・・やるの?」
しまった、これじゃあカバーになっていない。例えば渾身の一発ギャグを、ん?(笑)聞いてなかった(笑)と言われるようなものじゃないか。しかし、今更普通の告白というのも違うのだろうし。つまり、付き合ってくださいって事。とでも言ってくれれば良いのだが、それではあまりにもロマンが無くなってしまうので言い出しづらいのだろうか。心なしか花江の銃口が微かに震えている。花江、お前に銃は似合わない。しかし、一度人に向けた銃口を下げるのも違うと思うんだ。その銃で俺を射抜くしか方法は残されていない。
「まあ、もう一回撃つ・・・感じかな。」
「このままもう一度こう・・・撃つ、感じかな。」
「いや、連射は違うんじゃないか。ほら、アクションビームとかポーズ込みで必殺技的な所はあるし。」
「アクション、ビーム?」
「クレヨンしんちゃんの。」
「しんちゃん?がビーム?」
撃つわけないだろ。まさかこいつ、クレヨンしんちゃんを知らないだと。この歳までクレヨンしんちゃんを知らないでいる方が難しいぞ。
「いや、しんちゃんは5歳児のお尻出すあの。」
「お尻から、ビーム?」
出るわけないだろ。それはうんこだ。
「お尻は出すけどお尻からは出てなくて。」
「うんこ、ってこと?」
「うんこはビームじゃないだろ。」
「そもそも、5歳児がビーム?」
「いや、その子が見てるアニメのキャラの。」
「アニメの中の、アニメ?」
もうアクションビームの話はいいよ!俺が悪かったよ、数あるビームからアクションビームを選んだ俺が悪かった。
「とにかくもう一回ポーズからやり直そう。」
「でも・・・恥ずかしい。」
それはそうだろう。かれこれ5分はこうしている。もう戻すタイミングを失ったという事なのか、花江はずっとビームの体制を崩さない。
「そうだな・・・ならさっきのシチュエーションをやり直そう。一回また歩き出して、準備が整ったらアクションで行こう。」
「アクションビーム?」
「もうアクションビームはいいよ。映画のアレだよ、よーい、アクション!の方だろ。会話の流れで理解しろ。」
花江は、子鹿のように震えていた足の緊張をようやく解いた。腰はクッと反り、片足のつま先を立て、振り向きながらビームを撃つ。頭の中で一連の流れをおさらいしていると、僕の顔まで赤くなってきた気がする。とりあえず歩き出そう、僕の前を花江が歩いていたから僕はその後を付いていく形だ。
「改めてだとやっぱり恥ずかしいなぁ。」
そうだろうな、僕も恥ずかしいしお互い様と思って頑張ろう。
「いやぁ、変に緊張するね。」
ん?どうした。早く歩き出せよ。
「て、ていうか、ここらへん飲み屋多いね。神田くん、ここらへんは詳しいの?」
花江?お前まさか、やりたくないのか?それはイタズラに僕らの関係性にもヒビが入れただけの行為になってしまうぞ。行け、安心してビームを放て。好きになってもうたー(笑)ぐらいは言ってやるから勇気を出すんだ。
「どうしたの?行こうよ。」
こいつ、僕が前を行くということがどういう事か分かっているのか。機会を失うぞ、先程の感じでやるとしたら花江から歩き出すべきだ。
「いや、でも。」
「ほらほらぁ。」
花江が背中を押してくる。仕方ない、花江は特に歩き出しの順番は気にしていないのだろうか。僕を抜かし、ビームを放つ。幸いまだ駅までは距離があるし、それまでに撃つという事だろう。
「この歩いてる時間がなんとも言えないね。」
「確かにね、なんかギクシャクする。」
「でもドキドキするなぁ。」
花江は目を閉じながら手を合わせた。乙女の顔とでも言うのだろうか、程よく紅潮した頬が街頭に照らされて眩しい。
しかし、なんだこの違和感・・・
「神田くんの・・・ビーム♡」
やられた!花江は僕を抜かさないつもりだ。振り向き様にビームを撃つ構造上僕がビームを撃たなければいけない。逆転、立ち位置と共に立場まで逆転してしまった。食えない女だ、緻密な計算の元僕をはめた。この女、できる!
しかし、僕だってあの様な無様な告白はしたくない。第一僕だったら普通に告白していたし。そう思えば思うほど、あんな他人任せな告白をしてきた花絵にムカついてきた。ここはキョトン顔で「俺、ですか?」という感じに茶を濁そう。大丈夫だ、僕なら可能だ。
「俺?(笑)」
ダメだ!ヘラヘラしてしまった!この言い方だと照れと取られていても何ら不自然ではない!
それに否定から入らなかった事により、僕がビームを撃つ感じがより顕著になった。いや、考え方によれば男である僕を立てたという意味合いにも取れる。気の使える花絵の事だ。いや、ビームで告る女は気を使えないだろ!
しかし、花江は僕からのビームを待っている。コクリと頷いたまま、俯いている態度が僕からのビームを心待ちにしている何よりの証拠。
良いだろう、花江。お前のその考え『あえて』乗ってやる。花江、僕はお前を大事にする。だから食らえ!僕の全身全霊を込めた本気のビームを!
「ビーーーーーーーーーーーーーィムッ!!!!!」
「うわぁー!(笑)」
「いやぁ、へっへ、へへっへっへっへへ(笑)」
うん、ここからどうする?????