サガミです。
やっぱり、『ハンターハンター』良すぎるな。昔ジャンプを読んでいた小学3、4年生ぐらいの時、丁度キメラアント編の終わりかけぐらいの所がジャンプでやっていて、所謂ゴンさんのシーンでゲラゲラ笑っていたものだ。
何しろその時点で、子供の自分には絶対に覚えてられないほど連載が飛び飛びだったので、前後の内容など覚えてられるはずもない。
しかし大人になって見返すと、こう・・・何度見ても泣いてしまう。
みんなも是非見てほしい。
X
https://twitter.com/hikizurinabe?t=XwIvUBKvTMB8Zip9V84B2A&s=09
You Tube
番組 #ヒキズリ鍋の火加減いかがですか‼︎!
https://youtube.com/channel/UCAoA5tSI4pv27h1T4YgzIPg
行ったか?
よし。
全部言いてえ〜!!!
僕の『絶』下手だった?サガミです。
言っていい?もう、ずっとずっと言いたい。
一緒に誰かと見たら何時間でも語っていたいぐらい良いんだよ。「あのシーン最高だから見て!」とか、「このシーンかっこいいから見て!」的なお勧めする際に、副次的にされてしまうネタバレあるだろ?ハンターハンターレベルの作品なら全員喰らってるよね!
でもダメだ。こんなのはエゴだから。
先日配信でお勧めしたばっかだし、ハンターハンターを見る気になった人が万が一、このブログを余す所なく見てしまったら、それだけで楽しみをひとつ奪ってしまう。それは良くない。
という事で、その目で見てみてください。
アニメ版とマンガ版のどちらが良いかと言えば『どちらも良い』と答えるしかない。
より富樫を反映してるのは漫画だけど(漫画のゴンは怖い)、アニメもキャラが良いし(ゴンが可愛い)作画もいいし最高だ。ここでいう、ゴンの怖さはネガティブキャンペーンじゃない。
ただ絶対にそんな事はないのだが、後半に比べて序中盤をアニメは削りまくっている感がある。充分に話数を当ててやってくれているのだが、ハンター試験のところは特に明るく削られているから、本編の怖さが薄いように感じる。
きっと、新アニメなので初見の人も少なく序盤の緊迫感よりも先に進む爽快感を、重視したことも関係してくるのだろう。
という事で、僕はどちらから見てもいいと思う。僕は漫画の方がローカロリーではあるので、どの道そちらから見たが、アニメがローカロリーの人はそっちから見てもいいかも。
X
https://twitter.com/hikizurinabe?t=XwIvUBKvTMB8Zip9V84B2A&s=09
You Tube
番組 #ヒキズリ鍋の火加減いかがですか‼︎!
https://youtube.com/channel/UCAoA5tSI4pv27h1T4YgzIPg
人払い完了。
流石にね。もう良いだろう。
ここまで見た人はネタバレとかどうだって良いだろう。
僕は2度ほどブラウザバックのチャンスを与えたが、そちらが選んだネタバレの道なのだ。
でも本当に万が一、好奇心が先行してしまった人の為に致命的な部分は言わないつもりでネタバレします。というか、かなり抜粋してちょこっと感想を言うだけです。大したことはないはずです。めちゃくちゃボカします。
行きます。
やっぱり大義っていうのは見失いやすいものだと思った。
キメラアント編、国のためにっていう大義を最後まで持っていた奴が一人もいなかった。
シュートが顕著かもしれない。
「あいつ俺の事をゴミみたいに見てきやがった。」あれは大義が崩れ去った、分かりやすいシーンだ。
ナックルは終始大義の為ではない。人と国の天秤の均衡が初っ端から取れていない。
強いて言えばモラウだが、モラウは仕事として割り切っていたので私情の介入が見られなかったように感じる。
随所に言うプロとしてのあり方、達観した現場感、一人だけ経験豊富なハンター、これらが仕事として完遂できた理由なのかなと思う。
おそらくだが、この仕事を選んだ時点でモラウは何があっても芯をぶらさないのだろうな。
大義というよりは、仕事のあり方的に。
お笑いも本分は売れる事にある。始まりはきっとそういった大義だった。
しかし続けていくうちに、最終目的のズレや、モチベーションの保ち方や、その時の感情等で一瞬、あるいは長期に渡って大義が崩れ去る時がある。でも、それが悪いとは思わない。
多分無理しない方がよっぽど健康的だ。でしょ?
思ったことだけ言ったのでネタバレしてない。
そういう事で、今回はここまでです。
見ていただいてありがとうございます。
ハンターハンターとっても面白いので見てみてください。
X
https://twitter.com/hikizurinabe?t=XwIvUBKvTMB8Zip9V84B2A&s=09
You Tube
番組 #ヒキズリ鍋の火加減いかがですか‼︎!
https://youtube.com/channel/UCAoA5tSI4pv27h1T4YgzIPg
致命的なの行きます。
メルエムとコムギとの軍議のシーンなんだけどさ。
メルエムが「コムギいるか?」って聞くシーンあったじゃん?あれって、以前からしていた譜読みが完全な伏線になってたよな。
メルエムも毒で目が見えなくなってきて、以前からずっと目が見えなかったコムギの為にお互い譜読みをしながら軍議していたけど、あそこで譜読みが完全に生きた。コムギとメルエムを強く繋げていた軍議が、より強く繋げる為のものになったのって譜読みのおかげだと思うんだよ。
その後、メルエムの「手を握ってくれるか?」は、ずっと目の見えていなかったコムギが初めて触覚に意識してメルエムに触れるシーンなんだよ。カラスに襲われた時点でも触れられてはいたけど、メルエムの人ではない体の凹凸を手のひらで撫で取ったのはあのシーンにしかなかった。
異形と異端の二人が、二人で完結したあのシーン。ほんとにほんとに何度見てもいかん。泣いてしまう。
真の名君となったメルエムの病の淵しか見れなかったけど、人として死んだメルエムがあまりにも尊すぎる。
死ぬ前にコムギと話したいから、戦闘力で圧倒的に劣るパームに土下座までしようとする。人への敬意が溢れ過ぎていないか?
そもそもその欲求は人として、個としての死を選んだのはもちろん尊いのだが、前提にコムギをどう思っていたのかがやはり気になってしまう。
愛ゆえに行き着いた帰結な事は承知の上で、これは、母としてなのか、女性としてなのかどっちなのだろう。
蟻の王として接していた蟻の女王。人の王として接していたコムギ。やはりラストも相まって母としてという事になってしまうのだろうが、メルエム側は寧ろめちゃくちゃ恋していたような気がしないでもない。
倉の中のコムギを起こす際の「打つぞ。コムギ」は、口実なのでは?と思ってしまう。僕はそう感じてしまったのだ。口実がいるのは恋愛も家族愛もそうかもしれないが、僕は今回少しそうも見てしまった。見えてしまった。
とはいえその両方は両立可能で、どちらもそうで、どちらも違うのかもしれない。
要するに僕は胸悶えながら嗚咽がとまらないほど号泣したということだ。
メルエムは王の中の王で一見すると全く共感性の薄いキャラクターのはずなのに、見終わる頃には何故か共感しまくって大好きになっている。これは王の“人”な部分に共感してしまうのだ。キメラアント編は、人の才能を超えて作られた奇跡みたいな物語だと思う。やっぱりメルエムが全部の漫画のキャラの中で一番好きかもしれない。
本当に終わりです。僕のメルエムへのクソデカい想いを語りたかった。キメラアント編だけでなく他の部分も本当に面白い。
軍議を打つのは口実で喋りたいだけ
俺には分かる。