僕がこの家に住んでからずっと、トイレに放置していた小説を、懐かしさを感じつつ少し読み直した。
裏表紙の裏には、僕の読み終わった時の日付が入っている。
『F香川』は僕の本名をもじった、ネットの名前みたいなやつだ。
普通に名前で書いといて欲しかったな、なんか恥ずかしいから。
このサインにはちょっとした思いがあるので、それを今日は書こうかな。
『旅する木』は、アラスカに住んだ日本の男の日記だ。
アラスカに憧れに憧れて憧れた男が、実際に見たアラスカの大地は想像よりも美しくて壮大で、とてつもなく厳しい。そこで起きた様々な実体験を元に書かれた自伝だ。
すげえバカの僕は、もちろんこの小説を読むまで、アラスカを何一つ知らなかった。
僕が知っていたのなんて、アラスカという土地名だけじゃないか?あと寒いのかな?とか。
そんな感じで、アラスカをゴミみたいな解像度でしか見ていなかった僕でも、読み進めていくにつれて、鮮明になっていくアラスカの幻想的な風景に心が躍った。
アラスカの夏の風が甘くて気持ち良い事も、いくらでも死ねてしまうような過酷な冬の空に、オーロラが揺れた時の感動も、一つ一つが冒険譚の一節を読んでいる様で、本当にワクワクした。
我ながら言ってしまうのは悲しいが、自分の審美眼では本屋に行ってこの本を手に取る事は一生なかったと思う。
僕は、僕の大好きな漫画の主人公が『旅する木』を愛読していた事をきっかけに、ようやく手に取るに至った。
『旅する木』が主人公に与えた影響とか、そういう部分に憧れて手に取った訳ではない。
その漫画の中で、主人公は『旅する木』の裏表紙の裏に、自分が読んだ日付をサインしていた。
その『旅する木』を人に貸し出すと、裏表紙の裏にサインがある事に気づき、その人も日付をサインした。
その人は、持ち主である主人公に自分のサインも入った『旅する木』を返却しようとするのだが、たまたま本を入れていた紙袋が他の人の紙袋と取り違えになり、その人はサイン入りの本を紛失してしまう。
そうして、『旅する木』は色々な人の目に触れられながら巡っていき、最終的にサインがたくさん入った状態で、主人公の元に戻ってくるという話だ。
確かこんな感じの話だった様な気がする。
僕はこの話に憧れて『旅する木』を手に取った。読んだらサインしよ〜!ぐらいの気持ちだ。
でも、読み終わった後は、アラスカに憧れて、旅する男に憧れて、何となく感じる旅の清涼感みたいなものを共有したくてサインをした事を覚えている。
相方と同じ家に引っ越してきた時に、トイレに置いておいた。
相方や友人がトイレに入った時に、いつか素晴らしいドラマが始まるかもしれないと思っての事だ。
しかし、この本を開いてみて僕のサインしかなかった時に、いつも少しだけ切なくなる。
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