俺はプールが嫌いだ。
動き辛くて目が痛くなる。それに泳げない自分が水の中でバタついている姿は、傍から見るとあまりにも滑稽ということが分かっているからだ。
利子は俺を水の中に引きずり込む為にあれこれ試行錯誤していたが、プールを目の前に何秒も俺に構っていられる程大人じゃないので、一瞬のうちに俺の母さんとプールに駆け込んでいった。
俺はプールサイドで利子と母さんがはしゃぐ姿を、利子の母さんと一緒に眺めていた。
「大志はいいの?」
利子の母さんが膝を抱え込んでいる俺を気にしてくれている。この優しさに、俺はいつも首を傾げるだけだった。
「大志は内向的だね。」
そう、俺は大志。内向的な男だ。
どのくらい内向的かと言うと、今年、6になってやっと年齢を聞かれた時に発音するようになった。
理由は、5歳のときは年齢を伝える時に片手で事足りていたが、6歳になり両手で表現をすることが、発音をする恥ずかしさを超えたからだ。
「大志楽しい?」
また首を傾げた。テレビを見ているよりも楽しいのに。こんな所に来てもいつも通りの俺に、利子の母さんは何を思っているんだろう。
「大志ビート板知ってる?」
俺はビート板を知らない。知ってたら良かったのに。
利子の母さんは壁際の方のラックに立てかけてあった青い発泡スチロールを持ってきて、俺の隣にまた座った。
「これ、ビート板。」
これが、ビート板。
利子の母さんはあぐらをかいて、その上にビート板を乗せた。そして指を2本ビート板の上でスライドさせた。
キュッという音を鳴らした利己の母親が、ビート板を見つめたまま「ラスカルの鳴き声ってこれで撮ってるんだよ。」と言った。
「嘘!ねえ!ラスカルってアライグマの!?」
俺はいつの間にか大きな声を出していた。
利己の母さんはビート板を深く見つめている。
「利己のお母さん!ラスカルはアライグマなのにさぁ!なんで!」
「ん〜」
利己の母さんが何か書いてあるのかと思うほど、ビート板を見つめていたので、僕も目を向けたがもちろん何も書いてない。ただひたすらに青いだけだった
「ねえ!」
さっきから胸のあたりがざわついている。
「大志はさぁ、アライグマの声聞いたことある?」
「えっ!」
そうだ、俺はアライグマの鳴き声を聞いたことがないんだった。6歳のディスアドバンテージを感じた俺の両手(もろて)はいつの間にか己(おの)が躯体(くたい)を抱きしめていた。
「・・・無い。」
俺はいつの間にか蚊も飛ばせない様な声しか出せなくなっていた。
「アライグマって実は鳴かないんだよ。」
「・・・やめて。」
すがるようにビート板を見つめる利己の母さんの目を見た。もうこのビート板がおかしいんじゃ?と僕が疑いの目でビート板を下ろし見ると、利己の母さんは首をこちらに急旋回させた!
「ビート板には何も書いてないよっ!!!」
心臓が止まるかと思った。一秒ぐらいしてから「っふ・・・」という声が出て、それからはずっと泣いた。
「お母さんが大志泣かしてた!」
いつの間にか利己が僕の母さんとプールから上がっていたようだ。母さんは泣いてる僕を見て笑っている。
僕は怖くておしっこを漏らしたし、泣きながらサイダーも飲んだし、みんなが笑うのが悔しい。
僕の中に眠っていた感情は意外にも自分が振り回されるほどに大きくて、とても6歳には操りきれないほど自分の体をのたうち回った。
僕はムシャクシャした感情を拳に乗せて、利己の母さんの膝の上に置いてあるビート板を全力で殴った。
利己の母さんは「やるやん!」とそこでやっとビート板から顔を上げてくれた。
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