ヒキズる日記

ずっと引きずってます。

『社会』式スパルタ教育

社会は厳しい。

だいたい初めのうちは、悩みはあっても楽しさは皆無に等しい。

僕にとって社会はかなり難しい場所だ。

いくら歳を重ねても、場所を移しても、職を変えても、自分に与える負荷は激しいし、常に押しつぶされそうになりながら何とか生きている状態だ。

 

今日は初めて舞台上の平場を経験したのだが、頭の中に喋りたい事は色々と浮かんでいたが、まじで足がすくんで動かなかった。

きっとみんなは身を粉にして楽しい雰囲気を作ってくれたと思うが、自分が彼らと喋っている想像がいまいち出来なかったときに、少しでも事前に人間関係を構築しておくんだった!と遅れて気づいた。

結局MCが終わるまで自ら手を上げることもなく、目立つことの無いまま平場は終了。

 

僕は周りが知らない人が多いというだけで、前に進む勇気が出ない臆病な人間だったという事を、舞台に出るまでスッカリと失念していた。

芸人のみんなは明るくて気持ちのいい人達ばっかりで、普通に働くよりはよっぽど気兼ねなく仲間内に入って行けると思ったが、それを軽々と凌駕する程に僕の人に対する苦手意識は酷かった。

この悪性腫瘍のように厄介な習性を無くさない内は、いくら平場に立っても駄目だと思う。 

 

前に芸人の先輩と喋っていた時、凄く喋りやすい人だったから割とぶっちゃけて話していたのだが、気づいたら他の人の悪口をめちゃくちゃ言っていた時に、(俺、対人関係いつも敵から始まってる?)と思った。

正直僕は中学1年のときも、人見知りでドキドキしてただけで、前の席のやつに『暗いやつ』というレッテルを貼られてイジメられかけた。

高校1年生の時も、ヤンキー校だったこともあって静かにしていたらヤンキーにイジメられかけた。

社会人の時は普通にパワハラを受けていたし、基本的に初対面の人間に対して信用が無い。

人を平気で傷を付けてくる奴らは、何処にでもいると思っているからそうなっていったのだろうな。

しかし、芸人を志す人間にはそういう人種は少ないのは、ここ一ヶ月でだいぶ分かってきた。

まあ根本に『笑う』という素敵な感情が好きな連中が集まっているのだから、それ程萎縮する必要も無かったのかもしれない。

 

孤独に芸人をやっていた時の、寂しさと手元に何も残らない空虚感は、僕にとっては居心地の良いぬるま湯だったが、ここで一歩社会に向かってアプローチをかけることは人間的にめちゃくちゃ大切な事なのかもしれない。 

 

『社会』に突き放されて突き放されて、寄り添って貰えずにいる内に、『社会』はクソ!と思っていたが、『社会』は僕らの為に少しも動かない。欲しいものは自ら動いて手に入れなさい。というスタンスを取っていた事に25年間生きてきてようやく気づけた。

またちょっと大人になれたので、もう少し頑張ります。

 

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