ヒキズる日記

ずっと引きずってます。

冬の銭湯の秘密

京王線高尾山駅に並列する銭湯は、登山客のもう一つのメッカだとテレビで見た記憶がある。とくに秋頃にはふもとに並ぶ屋台の活気もさることながら、露天風呂から見る高尾山は、それはそれは切なくも大胆な赤みを孕んでいて大変美しいだとかどうとか・・・そんな話も聞いたことがあるような無いような。

そんな秋の書き入れ時も過ぎた頃、登山客も絶え近隣に民家の一つもないその銭湯は、情景と思い出と共にしばらく存在を消してしまうらしい。その蜃気楼の様な冬の秘湯には、何やら秘密があるらしいとか無いだとか。

 

新宿でデートをした帰り道、僕はずいぶんと電車で寝過ごしてしまったようだ。

彼女とは年が7つも離れているからか、趣味もルールも何一つ分からない。それでも一緒に居たいのは果たして顔なのか相性なのか、顔なのか、顔なのか。何もかも分からずに乗り込んだ電車はゆりかごの様に優しく、僕を安眠させた。

終着駅で駅員に起こされると、来たことの無い駅にたどり着いていた。駅員は早く降りろと言わんばかりに、怪訝な顔で僕を見ている。

この列車は高尾山駅行きです。とは駅員のアナウンスでいつも聞いてはいるが実際に来てみると、これがいつもあいつが言ってるあの・・・みたいな気分になる。まぁ少し興奮してるということだ。

明日は仕事だったが、何となく周辺を散策してみることにした。改札にスイカを通すと割と金を持っていかれ、帰り道が少し心配になった。冬の山は都会とは違った寒さがあり、少し後悔がこみ上げた。

しかし、テレビで見るよりも高尾山は山だ。見渡す限りの山々は都心で見る長方形のビルよりも安定感がある。

改札から1分ほどウロウロしていると、銭湯についた。趣きのあるいい外観だ。

外には白いバンが3台、高そうな車が2台止まっている。時計に目を向けると、終電までは結構時間がある。雰囲気もある。あと寒い。僕は自動ドアの前に立っていた。

ロッカーに靴を預け、百円玉が要らないタイプのロッカーだと気づかずに財布をしばらく漁った。

券売機でタオルと入浴券を購入し、フロントに渡すと気持ちいい見送りと一緒にタオルも頂いた。

久し振りの銭湯に小躍りしたくなる気持ちを抑えていた。抑えきれずにちょっと踊っていた様な気がする。

男と書かれたのれんをペンペン!とはたきながら前屈みでくぐる。僕はよっぽど浮かれているらしい。

711と書かれたロッカーに衣類とカバンを放り込んだ。いつも思うがロッカーの数字は何であんなに大きいのだろう。ロッカーの数はせいぜい50程しかないのだが。

でもこういう事はあまり調べない様にしている。大抵が、ムズムズする様な当たり前の様な理由だったりするからとにかく気持ちが悪い。変なところで几帳面なのだ。ちなみにロッカーの衣類はぐちゃぐちゃ。

風呂の戸をガラガラと開ける。立ち込めた湯気に、凍てついた耳が体温を取り戻し始めた。かけ湯で体と尻を流し、その足で露天に向かう。濡れた石畳につま先が凍った。

あと、気づかなかったがお客さんが割と多いことに気がついた。外気浴をしているおじさんは肩に墨が入っている。4つ並んだ椅子に入れ墨が2人。手や足がない人が2人。向こうのベンチには2人入れ墨が。計6人の曰く付きがいた。

止まりかけた思考を寒さが無理やり動かした。とりあえず近くの露天風呂に逃げ込むと片耳の男と顔に無数の傷をたくわえた2人の悪い奴がいた。多分もう、悪い奴だろう。

半ば飛び込むように入った風呂はとても温かい。顔にお湯が跳ねたのか、僕の前で風呂に浸かっている片耳の男は顔をしかめた。

「ハハッ」と僕の斜め前にいる傷の男が笑った。それにしてもお湯が温かい。効能で肌がヌルヌルしたので、きちんとした温泉なのだろう。

「きちんとした温泉なのだろう。じゃ無くて!飛び込むんじゃねえよ、迷惑だろ?」

片耳の男はどうやら気を悪くしていたようだ。しかし、極寒の露天風呂に少しだけはしゃいでしまう気持ちは片耳でも理解はできるであろう。僕は、軽く会釈をすると共に顔をバシャバシャと湯船で洗った。

「何だお前、あれ?何なんだ?俺か?片耳の男って俺か?」

「多分、そうですよね?まあ片耳ですから。」

「でも言うか?目の前で。」

?なんの話をしているのだろうか。

「お前の話だし、何で説明口調なのこいつっ!」

片耳のくせに何の話をしているのだろう。僕は顔をしかめた。

「片耳のくせにってなんだ!なんかこいつムカつくんだけど。顔をシカメたって言ってからシカメるの、すげームカつくんだけど!」

すると傷の男が。

「するとって、え?なに、俺っすか?なんか喋らなきゃだめ?」

と、何だか訳も分からない事を言った。

「お前が振ったんだろうが!どういう状況だこれ!」

片耳はのぼせているのだろうか。

「のぼせてんのはてめえの頭だ!」

頭がプチトマトの様に真っ赤に熟れていた。

「普通のトマトで良くねっ!」

「多分この子、考えてる事が全部口に出ちゃうんじゃないすか?たいぶアホの子ですよ。」

突然何を。僕は素っ頓狂な事を言う彼に対して顔をしかめた。

「なんでわかんないの?バカか、バカなんだよな!このバカがっ!」

顔をしかめつつも、

「おめーは顔シカメたいだけじゃねえか!」

今起きている現象を確かめる様に心の中で、税金払え。と呟いてみた。

「決めつけんな!払ってねーけどっ!」

「先輩、納税してないんすか?駄目っすよ怒られますよぉ?」

「いいんだよー、先代がいいって言ってたもーん。」

「それで先代がパクられたから、そういうのキチンとしなきゃって頭が言ってたでしょー?」

「いいもーん、税金も家賃も延滞料金も知らないもーん!」

「ええっ!この間のトレインスポッティングまだ返してないんですか!やばいですってそれは!」

延滞料金は支払わないと取り返しの付かないことになるという事を僕は知っていた。

「ほら!この子もこう言ってるし。」

2万円で見たレオンを僕は忘れないだろう。

「2万円ですって!ほら、早くしないとこの子みたいになっちゃいますよ!」

チルダが花持って、えっとー。

「忘れてんじゃねえか!もう踏み倒すからいいっ!」

ぐるりと露天を見渡してみても、ヤクザやそなわってない方ばかりのようだった。普通の人間のいない銭湯に心細くなる一方で、どういったコミュニティーなのか少し気になった。

「ここら辺は登山客以外に人が来ないから、冬は曰く付きが集まるんすよ。」

妙な集まりに戸惑いながら、健常な自分が入って良いものかと少しだけ場違い感を覚えた。

「お前も充分妙だよ。」

「外傷に効きますし、景観も良いし、何よりサウナが最高でね、週1で通ってるんすよ。」

今日は日曜か。彼らは一見して強面だが、優しかった。ヤクザという人種は、僕らが想像しているよりも大分穏やかなのかもしれない。

「お前・・・」

レオンもう一回借りよう。と思いながら僕はゆで蛸のように赤くふやけた足で、露天風呂を後にした。

「結局レオン気になってんじゃねえかっ!」

「次は延滞すんなよー!」