ヒキズる日記

ずっと引きずってます。

専攻が居ないから俺が考える

人の話には大きく2つのタイプがある気がする。

起きてる事象を時系列に沿って話していくタイプ。このタイプの話は事象に対しての作為が無いから、事件性があり、突拍子が無くてワクワクする。この手の話が生まれやすい人間は恐れ知らずだ。面白そうだと思った事に対して貪欲に行けるやつが多い。

バカ。だけど愛すべきバカ。つまんねえ飲み会に行ってそう。と一蹴してしまいそうになるけど、掘れば掘るほど事件が出てきたりするから、話を聞いてて結構楽しい。で、こういう奴は自分では自覚してなかったりするから注意深く話を聞いてあげてほしい。まじで山のように事件が起きてる。

もう一つは、起きてる事象は大したことはないけど、感情を乗っけることで話をふくらませるタイプ。例えば、行列に割り込まれた話があるとする。それだけを話すとムカつく話だね。と聞き手は思うけど、『何が起きたか理解出来ない』という感情を乗っけることで、人の常識とか疑問という新しい切り口を作れる。 

事件性のない毎日を送っている人間は自然とこのタイプの話し方が多い気がする。自分も割とそうだ。

こういうタイプはハッキリ言って話が長いばかりで面白くない人間が多い。着眼点から着地点までのルート取りをキチンと意識して練らないと、女子会みたいな話になりがちだからだ。真剣に話しながら、共感と笑いのちょうど間を狙うのは難しいし、爆笑ってのはまず起こらない。後とにかくスケールが小せえ。

対して前者は、俺達の永遠の憧れであって目指すべき到達点だ。

しかし、持って生まれた性格や自信の無さが相まってそこへ到達することは決してない。気づけば気づく程コンプレックスの沼に陥ってしまう。

そんなコンプレックスを抱えた内向的な俺達が決してしてはいけない事といえば、前者のフリをすること。

例えば趣味。基本的に勇気がないから、一人で行動が出来ないので起こしたアクションに意思と、これをやってみたいからやるという突然生みたいなものが無い。下調べをしっかりするから失敗がないし、プライドが高いから失敗をしても話さない。

こうなると、せっかく趣味が始まったはずなのに面白い話が全然生まれない。

一見して趣味は人間の魅力を引き出す材料にも見えるけど、持っている情報の多さは全く魅力に反映されない気がする。

それよりもその趣味によって産まれたドラマや、失敗とか感動した気持ちが人間の魅力に反映されると思う。これは、内向的な俺達だって何も無い日常で沢山感じてるはずだ。

片方を揶揄するでも無く、すり寄るでも無い。どっちも魅力的なんだから自分のやりたい様に生きて、話してで良い気がする。内向的な俺達が無理に変な飲み会に行ったって何も出来ずに帰ってくるだけなんだから。それだったら喫茶店にでも行って、隣のカップルの話を盗み聞きした話の方が僅かに面白いのかもしれない。

まだまだ研究中の考えだから、正解ではない気がする。でも愛すべきバカに負けない様に、感受性の牙を磨いて、次の小さい事件に気付けるように備えるべきだと俺は思った。