僕がまだ中学生くらいの時だろうか。その事件は唐突に起きた。
とある冬の日に、ともじいと僕は完全に決別した。
中学校の裏門を出て50メートルほどの所に、僕らが毎日集まっている公園があるのだが、その日はとても寒かった事を覚えている。冷えきったジャングルジムは強烈に僕らを拒絶してくるので、仕方なくシーソーで出来るだけ体力を使わないように座り込んでいた。
冬の寒さに負けた僕と友達は、いつも遊んでいる公園から出て、僕の自宅に集まって遊ぶことにした。
僕らは場所を変えて集まったとて、どこに行っても基本的に喋る事しかしないので金はほとんど使わなかったがこの日は少し違った。
こんなに寒いし鍋でも・・・と誰かが言ったのだろう。僕らはスーパーで買い出しをして、具材を買い揃えた。
キッチンで騒ぎながら野菜を刻む。しかし、当時中学生の僕らはどうしたって要領が悪い。そんな手際の悪さも楽しみながらキッチンで作業をしていると。
そこに悪魔は現れた。
「お前ら何時だと思っとるんだ!!」
18時だった。はっきりと覚えている。しかし、そう言った事で騒ぎを大きくする必要もなかった。更に言えばともじいが、ここまで声を荒げている姿を見たことが無かったので、少し動揺していたのも確かだった。
僕らは楽しかった雰囲気を、一気に葬式のような空気に変えたともじいにビビっていた。
「何時か言ってみろ!」
友達の一人を指差して言う。
「6時です。」
そうだよ。まだまだ騒いでもいい時間じゃん。ともじいだって自分で聞いといて(6時か・・・まだまだ。)と思っているはずだ。
「ほだろぉ!」
ともじいの中では6時は駄目らしい。
諸説はあるが、中学生の子どもたちが騒いでるのも鬱陶しいとは思うが、一発目で声を荒げるのは流石に大人気なくないか?
僕は自分のじいちゃんが友達にヤバい奴認定される事が怖かったので、「騒いだのはごめん!もう騒がないから許して?」と孫パワーでなんとか鎮めようとした。
しかし、一度荒ぶった烈火はそう簡単に消えない。
「お前は黙っとれ。おい!そこのデカイの!」
友達の一人が指を刺された。ともじいは続ける。
「お前さっきから目つき悪いな。なんか文句あんのか。」
「生まれつきです。」
「嘘付け!」
僕の友達は否定したが、ともじいはそんな事を聞き入れてくれない。確かに友達は、目が細くて目つきは悪く見えるかもしれない。
人の話を聞いていないのだ。感じた事を絶対にそうだ!と決めつけてキレる様は、電車で見かける完全にヤバイやつの目と一致していた。
ともじいが友達に向けて歩みを寄せた。危険を察知した僕はその間に入って、ともじいを宥めるがお構いなしといった形で、友達の胸ぐらを掴んだ。
「歯食いしばれ!」
え?ここでパシパシループ行く?
『パシッ!』
本気で振り切ったともじい。
ビンタを打たれて固まる友達。
ともじいは蝶野ではない。
ガキ使でビンタをした時のように、「ガッデム!」と立ち去ってくれない。
友達は方正ではない。
顔を歪ませてリアクションを取らない。
空気は完全に凍りついた。
沈黙を破ったのは僕だ。
「自分で何してるか分かってる!?」
「お前は黙っとれ!」
『パシッ!』
やはり本気で振り切ったともじい。
ビンタを打たれて固まる僕。
やはりともじいは蝶野ではない。
ガキ使でビンタをした時のように、「ガッデム!」と立ち去ってくれない。
僕も方正では無かった。
顔を歪ませてリアクションを取らない。
その後はよく覚えていない。
妹が勢いよく止めてくれた事と、その妹が自分の部屋に僕らを集めて鍋を振る舞ってくれたことは覚えている。
(トモジイサヨナラ)
そう心の中で唱えながら、彼の存在を鍋と共に流し込んだ。